インド市場で事業を育てるには、優れた製品や技術を持ち込むだけでは十分ではありません。誰が、どのような場面で、いくらなら購入するのかを理解し、製品・価格・伝え方・販売網を一体で現地に合わせることが重要です。
ユニ・チャームの現地生産と商品展開、ヤクルトの消費者教育と宅配、コーセーの現地ブランドと戦略的提携は、それぞれ異なる市場開拓の方法を示しています。3社を同じ収益段階の成功企業として扱うのではなく、確認できる取り組みから、自社の参入戦略に応用できる考え方を読み解きます。
インド市場進出シリーズ第8回となる本稿では、消費財分野の3社の事例、事業を育てる7つの要因、進出前の市場調査から小規模な検証へつなげる手順を解説します。
ユニ・チャームに学ぶ、製品と供給体制の現地化
現地ニーズに応えるために生産基盤を整える
ユニ・チャームは2008年にインド法人を設立し、ベビーケアや生理用品などの分野で事業を展開してきました。2025年2月には、火災被害後に再建したグジャラート州のアーメダバード工場が稼働し、同時点でインドの生産拠点は3カ所になっています。出典:ユニ・チャーム公式発表(2025年2月12日)。
この事例から考えたいのは、商品を開発する力に加え、必要な地域へ安定して届ける仕組みの重要性です。消費者に評価されても、店頭で欠品が続いたり、補充に時間がかかったりすれば、継続購入につながりません。
現地生産は、供給の安定や需要への対応を考えるうえで選択肢になります。ただし、進出初期の企業が最初から工場を持つ必要はありません。輸入販売、現地委託生産、提携などを比較し、需要と供給量に合う体制を段階的に選ぶことが現実的です。
品質だけでなく、買いやすさと使いやすさを設計する
ユニ・チャームは2025年の第1四半期決算短信で、インドにおけるパンツタイプ紙おむつの普及促進や販売エリアの拡大、現地の使用実態や経済状況に応じた生理用品の商品展開に言及しています。出典:ユニ・チャーム 2025年12月期第1四半期決算短信。
ここから得られる示唆は、品質の高さを、現地の生活で使いやすく、購入しやすい形に変える必要があるということです。包装単位、購入時の支払額、使用頻度、保管場所、購入する店舗まで、商品を取り巻く条件を確認します。
例えば、小容量の包装は初回購入の負担を抑えられる一方、包装費や配送費が増え、採算に影響する可能性があります。単純な値下げで対応するのではなく、顧客が一度に支払える金額と、継続販売できる利益の両方を踏まえた価格・包装設計が必要です。
製品仕様と価格を含む「製品のインド化」については、シリーズ第5回でも詳しく整理しています。
ヤクルトに学ぶ、消費者教育と顧客接点の構築
商品を知ってもらうことと、価値が伝わることは別
ヤクルト・ダノン・インディアは2005年に設立された合弁会社で、インドでのヤクルトの販売は2008年に始まりました。ハリヤナ州ソニパットで製造し、小売店、EC、ヤクルトレディによる宅配を組み合わせています。出典:Yakult India 会社紹介。
日本では身近な商品でも、海外の顧客が同じように理解しているとは限りません。どのような商品なのか、いつ使うのか、既存の商品と何が違うのかという、購入前の疑問に答える必要があります。
この事例の重要な論点は、広告で商品名を広めるだけでなく、顧客が生活に取り入れる理由を理解できるようにすることです。新しいカテゴリーでは、試用、説明、継続購入までの流れを設計することが、市場開拓の一部になります。
販売チャネルを、説明と関係づくりの場として考える
ヤクルトのインド公式サイトでは、宅配を独自の販売システムとして紹介するとともに、商品の特徴や取り扱いについてのFAQ、解説コンテンツを掲載しています。出典:Yakult India FAQ。
当社の整理では、こうした取り組みを自社に応用する際には、販路を単なる配送ルートとして捉えないことが大切です。店頭スタッフ、販売担当者、EC上の説明、購入後の問い合わせ対応が、顧客の疑問を解消できるかを検討します。
ただし、独自の宅配網をそのまま再現すれば成果が出るわけではありません。商品単価、再購入の頻度、対象地域の顧客密度、訪問にかかる費用によって、適した販売モデルは異なります。自社の強みと顧客の買い方に合う接点を選ぶことが必要です。
代理店、直接販売、その組み合わせをどう選ぶかは、シリーズ第7回をあわせてご覧ください。
コーセーに学ぶ、現地ブランドと戦略的パートナーシップ
自社の技術と現地企業の市場理解を組み合わせる
コーセーは2013年にインド現地法人を設立し、現地向けスキンケアブランド「Spawake」を展開してきました。2025年1月には、インドのスキンケア企業Foxtale Consumer Pvt. Ltd.への出資と戦略的提携を発表し、株式10%を取得しています。出典:コーセー公式発表(2025年1月15日)。
発表では、コーセーの研究開発・商品開発の知見と、Foxtaleのマーケティング、販売、事業運営の知見を相互に活用する方針が示されています。日本側の技術だけですべてを完結させず、現地の消費者理解や顧客接点を持つ企業と補完し合う考え方です。
日本企業が提携先を探す場合も、「販売網がある会社」という条件だけでは足りません。自社が不足しているのは、商品企画、顧客分析、デジタルでの訴求、小売店への営業、運営体制のどこなのかを整理すると、必要なパートナー像が明確になります。
提携の発表と、収益面の成功を区別する
コーセーの事例は、現地化と協業を通じた市場開拓の取り組みとして参考になります。一方、出資やブランド展開だけを根拠に、インド事業が収益面でも成功したと断定することはできません。
同社の統合報告書2025では、Spawakeがグループ業績へ大きく貢献する規模にはまだ至っていないことと、市場での存在感を高めるためにFoxtaleとの提携を進める考え方が説明されています。出典:KOSÉ REPORT 2025(英語版、CEOメッセージ)。
この点から学べるのは、長く事業を続けるだけでなく、足りない能力を見極め、戦略を更新する姿勢です。パートナーの知名度よりも、対象顧客、双方の役割、情報共有、成果の測定方法、契約終了時の扱いまで確認することが、実効性のある提携につながります。
インド市場で事業を育てる7つの要因:顧客・投資・組織・コスト
1.製品だけでなく、事業モデル全体を現地化する
現地化とは、日本の商品を少し変更することにとどまりません。製品仕様、包装、価格、販路、訴求、購入後の対応が、同じ顧客像に向けて整っているかを確認することです。
例えば、品質重視の顧客を狙う商品でも、扱う小売店に説明する力がなければ、価格差の理由が伝わりません。商品企画と営業、物流、マーケティングを別々に最適化せず、一つの購買体験として設計します。
2.長期の投資方針と、短期の検証目標を両立させる
顧客の習慣や販売網を育てるには継続的な取り組みが必要です。ただし、長期志向は、成果が見えないまま投資を続けることではありません。次の投資を判断するための確認項目を、参入時点で定めておきます。
初回購入率、再購入、店舗ごとの販売状況、顧客獲得にかかる費用、返品や欠品などを追い、何が改善したのかを確認します。売上だけでなく、事業を続けられる条件が整っているかを見て判断します。
3.現地経営人材に任せる範囲を明確にする
顧客の反応や競合の動きに対応するには、現地チームが判断できる仕組みが欠かせません。価格交渉、販促、販売店支援などの判断をすべて日本本社へ戻すと、対応が遅れる可能性があります。
本社が守る品質・ブランドの基準と、現地で調整できる範囲を分け、権限と報告ルールを決めます。現地任せにも本社主導にも偏らず、判断に必要な情報が双方へ届く体制が重要です。
4.価格競争力を、調達から流通まで含めて検討する
販売価格を下げる前に、輸送、包装、在庫、販売店への手数料、返品対応まで含む費用構造を確認します。安く見える販路でも、補充や回収の費用が増えれば、最終的な利益は残りません。
現地調達や委託生産を検討する場合は、コストだけでなく品質の安定性、納期、最低発注量も比較します。販売量が少ない時期から大きな固定費を抱えず、検証の進み具合に合わせて供給体制を強めることが大切です。
インド市場で事業を育てる7つの要因:販路・生活環境・改善
5.販売網と購入後のサポートで信頼を維持する
消費財では、買いたいときに買えること、疑問や不具合があったときに相談できることが継続購入を支えます。販売店を増やすだけでなく、在庫補充、商品説明、問い合わせ対応まで設計します。
代理店や販売店の評価には、店舗数だけでなく、重点地域への到達、店頭での扱い、販売状況の報告、顧客の声を集める力を含めます。取引開始前の期待と実際の活動を照合し、必要に応じて役割を見直します。
6.気候や住宅環境、購買習慣を調査する
現地ニーズを把握するときは、所得や年齢だけでなく、商品を使う場所と状況を確認します。気温や湿度、保管方法、移動手段、購入頻度、支払い方などは、製品や包装の使い勝手を左右します。
インド全体の平均値だけで判断せず、対象の州・都市、所得帯、販売チャネルごとに調べることが必要です。都市部の一部店舗で売れた結果を、そのまま全国の需要として扱わないようにします。
7.小さく販売し、顧客の反応から改善する
市場投入後は、売れた数量だけでなく、購入の理由、購入を見送った理由、再購入しない理由を確認します。「価格が高い」という反応でも、価格自体が問題なのか、価値が伝わっていないのかでは対応が異なります。
商品、価格、包装、説明、販路のどこを変えるか仮説を立て、限られた地域やチャネルで検証します。条件を記録して結果を比較し、再現できる販売方法が見えてから拡大することで、リスクを管理しやすくなります。
日系消費財メーカーが参入前に進めたい3つの準備
日本の強みが評価される顧客を特定する
最初に決めるべきなのは「インドで何を売るか」だけではなく、「誰の、どの困りごとを解決するか」です。日本製や高品質という説明を、顧客が実感できる価値へ具体化します。
競合と代替品を調べ、機能、価格、使いやすさ、購入場所を比較します。そのうえで、自社が差別化できる顧客層と用途を選びます。日本での販売実績は参考になりますが、インドでの需要を証明するものではありません。
デスク調査と現地調査の役割を分ける
社内でのデスク調査は、市場の構造や競合候補を整理し、仮説をつくるうえで有効です。一方、店頭での購入行動、販売店の推奨理由、消費者が実際に支払える金額は、統計や企業資料だけでは把握しきれません。
現地調査では、消費者への聞き取り、売り場の観察、流通関係者へのヒアリングなどを組み合わせます。専門家へ依頼する場合も、資料を集めることだけを目的にせず、「どの判断に使う調査か」を共有すると、参入戦略へつなげやすくなります。
市場調査を省略するリスクと、確認すべき論点については、シリーズ第2回でも解説しています。
重点市場でのテストマーケティングを設計する
最初から全国へ広げず、顧客層と販売条件を絞ったテストマーケティングから始めます。対象地域、販売店、商品仕様、価格、説明方法、検証期間と、次の投資へ進む基準を決めておきます。
販売数に加え、再購入、販売店の再発注、供給の安定性、手数料や物流費を含む採算を確認します。検証を通じて「売れる条件」と「利益が残る条件」の両方が見えてから、地域や商品ラインを段階的に広げます。
マーケット・リサーチ社では、インド市場の調査・分析に加え、参入戦略の策定や現地パートナー探索、マーケティング・販売の支援を行っています。自社で確認できる事項と、現地で検証すべき事項を整理することが、具体的な第一歩になります。
まとめ:成功事例を、自社の判断基準へ置き換える
ユニ・チャーム、ヤクルト、コーセーの取り組みは、現地での使いやすさ、価値の伝え方、顧客接点、足りない能力を補う提携という異なる論点を示しています。他社と同じ商品や販売方法を採用することよりも、なぜその方法が必要だったのかを理解することが重要です。
インド市場への海外進出を検討するときは、顧客理解を起点に、製品・価格・販路を一体で設計し、小さく検証しながら改善することを基本にします。成長市場であることと、自社の商品が継続的に選ばれることを分けて考える姿勢が、事業展開の精度を高めます。
次回は、インド市場で苦戦・撤退した外資系企業の事例を取り上げ、失敗の共通要因と、日本企業が避けたい落とし穴を解説します。




